
「協力会社の作業員が社会保険に入っておらず、現場に入れられないと言われた」
「求人を出しても応募が来ない。社会保険完備と書けないことが原因なのだろうか」
このようなお悩みを抱える経営者様や人事担当者様は非常に多くいらっしゃいます。建設業では長らく社会保険の未加入が常態化していましたが、国土交通省が対策を進めた結果、未加入では現場に入れないという運用が広く定着しました。加入は経営判断ではなく、事業を続けるための前提条件になっています。
建設業で社会保険の適正加入が求められる背景

まずは、なぜここまで厳しく求められるようになったのかを整理します。背景には、若手が建設業を選ばなくなったという現実があります。
国土交通省の資料によれば、建設業就業者に占める55歳以上の割合は36.7%で全産業の32.4%を上回り、29歳以下は11.7%で全産業の16.9%を下回っています。他産業では当たり前に整っている待遇が建設業では整っていない、という状態が続けば、若手が集まらないのは当然の帰結です。社会保険加入対策は、その入口を塞いでいた要因を取り除く施策でもあります。
加入は法令上の義務であり、許可の要件でもある
健康保険・厚生年金保険・雇用保険への加入は、そもそも法令上の義務です。加えて国土交通省によれば、令和2年10月1日から建設業の許可・更新において社会保険の加入が要件化されました。許可の更新時には加入状況を記載した書面の提出が求められます。
つまり、未加入のままでは許可の更新そのものが立ち行かなくなる可能性があります。「今は指摘されていないから大丈夫」という状態は、更新のタイミングで一気に問題化します。
また、社会保険料には過去にさかのぼって徴収されるケースがあります。指摘を受けてから慌てて加入した場合、数年分の保険料をまとめて求められる可能性もあるため、資金繰りの面でも早期の対応が有利です。
未加入だと現場に入れない
国土交通省の「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」では、適切な保険に加入していることを確認できない作業員について、特段の理由がない限り現場入場を認めない取扱いを徹底すべきとされています。
特段の理由として例示されているのは、伝統建築の修繕など特殊な技能が必要な場合や、加入手続中で確実な加入見込みがある場合などです。裏を返せば、通常の工事では例外はほぼ認められないということになります。
- !作業員が現場に入れず、工程が組めなくなる
- !元請から協力会社として選定されなくなる
- !建設業許可の更新時に問題が表面化する
- !求人票に社会保険完備と書けず、応募が集まらない
- !在籍している社員から不信感を持たれ、離職につながる
一人親方と労働者の線引き
ガイドラインでは、一人親方は「従業員を雇っていない個人事業主」であり、建設工事の完成を目的とした請負契約を締結する場合には事業者として責任を持つ立場だと整理されています。下請企業には、一人親方と労働者を明確に区別することが求められています。
実態としては会社の指揮命令のもとで働いているのに、社会保険料の負担を避けるために形式だけ一人親方としているケースは、偽装請負として問題になり得ます。判断に迷う場合は、労働時間の管理や指揮命令の有無を基準に整理し、専門家に確認しておくのが安全です。

下請指導ガイドラインが元請・下請に求めること

ガイドラインは、元請と下請それぞれに具体的な役割を定めています。自社がどちらの立場でも、求められる行動を把握しておく必要があります。
元請企業に求められる責務
国土交通省のガイドラインによれば、元請企業は下請企業に対して、適正な契約の締結、適正な施工体制の確立、雇用・労働条件の改善、福祉の充実などについて指導・助言その他の援助を行うことが期待されています。
- ✓下請企業の選定時に社会保険の加入状況を確認し、未加入企業は選定しない
- ✓建設キャリアアップシステムの活用を推奨する
- ✓協力会社の加入状況を定期的に把握する
- ✓作業員名簿で各労働者の保険加入状況を確認する
- ✓適切な保険加入を確認できない作業員の現場入場を認めない
これらは形式的なチェックではなく、元請自身の信用を守るための仕組みでもあります。労働災害が起きたときに、保険関係が整理されていない作業員が現場にいたという事実は、元請の責任問題に直結します。
実務上つまずきやすいのが、作業員名簿の記載と実際の加入状況の突き合わせです。名簿には保険番号を書く欄がありますが、記載があるだけで確認したことにはなりません。新規入場時に保険証や資格取得の控えで確認する運用を決めておくと、後々のトラブルを防げます。
下請企業に求められる責務
下請企業については、社会保険に関する法令に基づいて従業員の社会保険への加入義務を負っているのは雇用主であるという原則が明記されています。そのうえで、雇用労働者の適切な加入手続の実施、一人親方と労働者の区別、元請の指導への協力、そして法定福利費を適正に見積り内訳を明示した見積書の提出が求められています。
ここで重要なのは、下請側が見積書に法定福利費を書かなければ、元請はそれを尊重しようがないという点です。内訳明示は下請自身を守るための手続きだと理解し、様式を整えておく必要があります。
法定福利費の内訳明示と不当に低い請負代金
ガイドラインでは、元請負人は標準見積書の活用等により法定福利費相当額を内訳明示した見積書を提出するよう下請負人に働きかけ、提出された見積書を尊重して下請契約を締結しなければならないとされています。
さらに、法定福利費相当額を一方的に削減したり、実質的に法定福利費を賄えない金額で請負契約を締結したりすることは、建設業法第19条の3の不当に低い請負代金の禁止に違反するおそれがあるとして、厳に慎むべきものと明記されています。
未加入が採用に与えるダメージ

ここからは採用の話です。社会保険の加入状況は、求職者が企業を比較する際の最初のフィルターとして機能しています。
求人票に「社会保険完備」と書けない
求人媒体では、社会保険の有無が検索条件として設定できるようになっているのが一般的です。未加入であれば、そもそも検索結果に表示されないということになります。どれだけ待遇の良い仕事でも、見てもらえなければ応募にはつながりません。
建設業は他業種と人材を奪い合っています。製造業やサービス業の求人と並べられたとき、社会保険の記載がない求人は、比較の土俵にすら上がれないのが現実です。
さらに、求人媒体の担当者や職業紹介事業者も、加入状況を確認したうえで求人を扱うのが通例です。未加入のままでは、そもそも募集の選択肢が狭まってしまいます。
若手や家族を持つ人ほど敬遠する
20代の求職者にとって、厚生年金への加入は将来の生活設計に直結します。また、家族を扶養している方にとって健康保険は生活の基盤そのものです。
採用面接で「保険はどうなっていますか」と質問されたときに明確に答えられないと、その時点で選考から離脱されてしまいます。待遇の説明は金額だけでなく、保険と退職金まで含めて準備しておく必要があります。
現場排除は受注機会の喪失に直結する
採用の話に加えて、受注面の影響も見過ごせません。国土交通省は、民間工事において工事施工を社会保険加入企業に限定する旨の誓約書の活用を推進しているとしています。
元請から見れば、加入が確認できない協力会社を使うことは自社のリスクです。加入していること自体が営業上の資格になっていると考え、対外的に示せる状態を整えておくことをおすすめします。
適正加入から採用力を高める進め方

最後に、実務としてどう進めるかを整理します。一度に完璧を目指すのではなく、順番を決めて着手することが大切です。
まず現状を棚卸しする
自社の従業員一人ひとりについて、健康保険・厚生年金保険・雇用保険の加入状況を一覧にすることから始めます。あわせて、一人親方として契約している方の実態が、本当に請負として成立しているかも確認します。
- ✓従業員ごとの健康保険・厚生年金保険・雇用保険の加入状況
- ✓日々雇用や短時間勤務など、適用除外に該当し得る方の整理
- ✓一人親方と契約している方の指揮命令関係と労働時間の実態
- ✓協力会社ごとの加入状況と、作業員名簿の記載の正確さ
- ✓国民健康保険組合に加入し厚生年金の適用を受けている方の把握
なお、健康保険法第3条第1項8号に基づき健康保険の適用除外の承認を受けて国民健康保険組合に加入し、厚生年金の適用を受けている方については、適切な社会保険に加入している者として扱われるとガイドラインに明記されています。個別の判断は所轄の窓口で確認しておくのが安全です。
法定福利費を見積書に明示する
加入によって増える会社負担分は、見積書に法定福利費として明示することで請負代金に反映させることができます。内訳を書かないまま値引き交渉に入ると、負担は自社で丸ごと抱えることになります。
見積書の様式を変えると、当初は取引先から質問を受けることもあります。しかし、国のガイドラインに沿った対応であることを説明すれば理解は得られます。むしろ、法定福利費を明示できる会社は管理がしっかりしているという評価につながることも少なくありません。
求職者への伝え方を整える
適正加入が実現したら、それを求人票と面接でしっかり伝えます。「社会保険完備」の4文字だけでは、他社との差になりません。
- ✓健康保険・厚生年金保険・雇用保険・労災保険の4つを個別に明記する
- ✓建設業退職金共済など、退職金制度の有無を書く
- ✓資格取得支援の内容と、取得後の手当額を示す
- ✓建設キャリアアップシステムへの登録状況を伝える
- ✓法定福利費を見積りで確保している姿勢を、面接で言葉にする
求職者の側から見ても、この観点は有効です。保険と退職金の説明を具体的にできる会社は、経営が安定している可能性が高いといえます。面接では遠慮せず、加入している保険の種類を確認してみてください。
まとめ
社会保険への加入は法令上の義務であり、令和2年10月からは建設業の許可・更新の要件にもなりました。国土交通省の下請指導ガイドラインでは、加入を確認できない作業員の現場入場を認めない取扱いの徹底が求められ、元請には協力会社の加入状況の把握が、下請には適正な加入手続と法定福利費を内訳明示した見積書の提出が求められています。
負担が増えることは事実ですが、法定福利費は請負代金の中で確保されるべき費用として制度上位置づけられています。見積書に明示し、求人票で具体的に伝える。この2つを実行すれば、適正加入はコストではなく採用力と受注力に変わります。制度対応を、選ばれる会社になるための投資として捉えていただければと思います。
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